サンフランシスコ事務所 金堀宏宣 (PDF File)
シリコンバレーにはベンチャー起業を育成するエコシステム[1]があると同時にITトレンドの発信地でもあり、世界から注目を浴びる地域となっている。昨年11月の米国大統領選挙では、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やビッグデータ[2]を活用した選挙戦が注目を集めた。私たちの生活の隅々までITが利用されるようになった今、シリコンバレーはより一層その存在感を増していくであろう。

1. はじめに

日本ではアベノミクスへの期待感と円安による企業収益の回復により株価が予想以上に上昇している。しかし、これはこの数ヶ月で、飛躍的に日系企業の生産性が上がったり、話題性のある新製品が市場に投入されたためではない。安倍首相は、「競争相手よりも一歩先のイノベーションを、常に生み出し続けるほかに道はない」と発言しており、新たなイノベーションに果敢に挑戦する企業を応援するという方針を成長戦略第2弾スピーチで打ち出している。また、その具体例として、グーグルがシリコンバレーで進めている自動運転による車の走行実験や、シリコンバレーにおける産学連携が挙げられた。

先進国が不況に喘ぐ中、世界経済を牽引し今後も成長が見込まれるアジア市場は、日本国内の企業にとって魅力的かつ重要な市場であることに間違いはないだろう。しかし、日本が常にイノベーションを起こしていくには、シリコンバレーが発信する情報を的確に捉え、その仕組みやシステム、技術を積極的に取り入れていくべきではないだろうか。

2.シリコンバレーのエコシステム

「世界大学ランキング100」の1、2位のカリフォルニア工科大学、スタンフォード大学を核に、優れた大学から輩出される優秀な学生とそのアイデア。これをサポートするエンジェル[3]や機関投資家が数多く存在し、市場に受け入れられる将来性のあるスタートアップ企業は、グーグル[4]やセールスフォース[5]などの大企業に買収され、または新規株式公開(IPO[6])する。そして、そこで成功した人たちはまた新たなアイデアで起業、または起業経験を持つ投資家として次の起業家を支援する側となる。これが典型的な流れであり、シリコンバレーのエコシステムの源流となっている。

スタートアップ企業や大企業、投資家、大学など多様な構成員の相互協力および平等な収益の循環がシリコンバレーのエコシステムなのである。

3.インキュベーションの支援体制

図 1:Plug&Play でのピッチの様子福岡県サンフランシスコ事務所が入居するPlug&Play Tech Center(サニーベール市)は、スタートアップ企業を支援するインキュベーション施設であり、この施設では投資家を集めたピッチコンテストが行われている。これは、スタートアップ企業が投資家を相手に3分間で自社製品や開発した技術をPRするコマーシャル的なプレゼンテーションである。

ピッチが開催される会場はもの凄い熱気に包まれ、3分間にかけるスタートアップ企業の緊張感や、投資家の熱い視線を肌で感じる事ができる。同施設に入居しているスタートアップ企業は、このような形で投資家との接点が持てるため、タイミングを逸する事無く資金を調達することが可能となっている。また、同時に投資家たちにとっては、ピッチという形を取る事で、限られた時間で多くのスタートアップ企業の製品や技術を見極める事ができる仕組みになっている。スピードと時間を大切にするシリコンバレーらしいスタイルである。

このように投資を受けるためのチャンスを提供すると共に、更にスタートアップ企業のビジネスプランをブラッシュアップするため、起業経験のある企業のCEOや創業者が指導や助言を行うセミナーやワークショップが同施設内で開催されている。また、スタートアップ企業がスムースに特許取得や会社設立などが出来るよう、法務関係の指導も同施設内で受ける事ができる。

ヒト、モノ、カネ、ノウハウに乏しいスタートアップ企業を多方面から支援する体制がこのインキュベーションには揃っている。

4.シリコンバレーの多様性と風土

(1)シリコンバレーの多様性
学部卒以上の従業員における外国人の比率をシリコンバレーと米国全土で比較した数字を見ると、特に科学•技術分野における外国人就業者の比率は、全米の26%に対して、シリコンバレーでは64%と、多民族国家である米国の中でもとりわけ外国人就業者の比率が高い地域であることが分かる[7]。この数字が示すとおり、街を歩いているとインド人や韓国人など外国人が非常に多い事に驚かされる。

このように、シリコンバレーは、世界各国から優秀な人材が惹きつけられ、多様性に富む地域であり、その傾向は年々強くなっている。この地域は、異なる文化を受容するだけでなく、その多様性を融合することで、世界に通用する製品やサービスを生み出す原動力に変換しているのである。

また、シリコンバレーが常に世界へ最先端技術を発信できている大きな理由の一つは、起業家のマインドにあるのだと気づかされる。優秀な人材はどこにでもいるはずなのに、シリコンバレーが他の地域と違うのは、本気で次のアップルやグーグルを創りたいという強いマインドを持ったヒトが集積していることだろう。

(2)失敗は成功への近道
まずは素早く実行に移し、失敗するとしても早い段階で失敗し、スピーディーな軌道修正が成功には不可欠という考えがシリコンバレーには浸透している。失敗や修正が許容される風土があるので、シリコンバレーの起業家たちは事業の計画から実行に至るまでの期間が短い。

一方で、日本の場合、残念ながら失敗を受け入れる風土はなく、このことが日本の起業家にとって重荷になっている。
「一度失敗した経験を持つ経営者が起業した会社と、初めて起業した経営者の会社が投資先の候補となっている場合、どちらに投資をするか。」シリコンバレーでよく耳にする質問である。一度失敗している会社の経営者は失敗から学び、同じ失敗は繰り返さない。むしろ失敗を経験しているからこそ、成功する確率はより高くなっているというように、失敗を受け入れる風土がここにはある。

5.注目されるビックデータ(ITトレンドの発信地)

シリコンバレーは、世界中の人々を驚嘆させるような技術やベンチャー起業が次々に生まれるエコシステムを備えると同時に、ITトレンドの発信地でもある。

最近シリコンバレーで様々な場面で必ず耳にするキーワードの一つに「ビッグデータ」がある。昨年11月の米国大統領選挙では、このビッグデータが大きな話題となった。投票前までは僅差と予想されていた選挙戦だったが、最終的にはオバマ大統領がロムニー氏に大差で勝利する結果となった。オバマ陣営がITを駆使したビッグデータとそのデータ解析による巧みな戦術を使ったのは記憶に新しい。ソーシャルメディア等の様々なソースから情報を収集、ビッグデータを活用し、有権者一人一人の投票行動などを分析した。
その結果、オバマ大統領に投票してくれそうな人にターゲットを絞ることにより、最も効果的な有権者へのアプローチができたと言われている。

日本でも近く実施が見込まれる参議院選挙では、ホームページやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などのウェブサイトを使った選挙運動、政党や候補者による電子メールを利用しての有権者への投票依頼ができることになり、政党や候補者によるITの利用が注目されている。ITの利用により、各政党や候補者の生の声が直接有権者に伝わり、有権者の判断材料が飛躍的に増える。逆に有権者の声が候補者に直接届くようになるなど、選挙へのIT導入によるメリットは大きく、積極的に取り入れていくべきではないだろうか。

6.まとめ

先月、日本人技術者がシリコンバレーで設立したビッグデータ処理基盤を提供するトレジャーデータ社が日本国内で事業を本格化することを発表した。このように、シリコンバレーで日々開発が進められている技術や製品が、次々に日本に上陸しており、今やITは、私たちの生活に欠かせないものになっている。ITトレンドの発信地であるシリコンバレーの動向を、より身近なものとして、今後も注視していく必要があり、またその技術や仕組みを積極的に取り入れていくことで、新たなビジネスの形が展望できるのではないだろうか。
また、福岡では、地元企業がベンチャー投資家を集めてのイベントを開催する等、シリコンバレーの仕組みをカスタマイズし、ベンチャー企業を育てる動きがあり、このような活動を益々活発に実施していくことも必要だろう。

シリコンバレーには、優れた技術と創業者のマインドがあればそれを支援する環境が整っており、それを受け入れる風土がある。ここで挑戦する意欲のある企業が福岡県から1社でも多く出てくることで福岡県とシリコンバレーの距離は縮まってくるものだと確信している。

[脚注]

  1. 生物とその環境の構成要素を一つのシステムとしてとらえた「生態系」を意味する科学用語。ここでは、シリコンバレーにある企業、投資家、大学など多様な構成員の相互協力および平等な収益が循環する仕組み
  2. 従来のデータ管理ツールでは蓄積、運用、分析が難しい巨大なデータの集まり。データ量について明確な定義はなく、これまで管理出来なかったデータから、ビジネスや社会に有用な知見を得たり、新たな仕組みやシステムを産み出す可能性が高まっている。
  3. 創業間もない企業へ投資する個人投資家
  4. 検索エンジンの名前としても有名で、このサービスを運営する世界最大手のIT企業(本社:カリフォルニア州マウンテンビュー)
  5. 顧客管理、営業支援のビジネスアプリケーションをインターネット経由で提供するIT企業(本社:カリフォルニア州サンフランシスコ)
  6. InitialPublicOfferingの略で、未上場企業が、新規に株式を証券取引所に上場すること。
  7. 出所:US Census bureau, American Community survey