サンフランシスコ事務所 仲谷隆造 (PDF File)

1.人材を惹き付ける環境

シリコンバレーはグローバル化の先進地である。その文化や習慣をそろそろ取り入れるべきではないか。枠組みだけを真似ようとして、根底の文化や習慣の違いに目をつぶり続けていると、彼我の差は開くばかりではないかと懸念する。

シリコンバレーは、イノベーションのメッカとして世界中から人々や投資資金の集まる勢いが絶えない。そして、企業、行政、人々が新しいテクノロジーに敏感で、新製品やサービスをいち早く取り入れるマーケットでもある。iTunesで音楽ビジネスが一変したように、シリコンバレー発の自動運転で自動車業界も激変しうるし、ヘルスケアや農業、教育等もそうだ。IT とオープンな開発環境が、あらゆる業界に大きな影響を及ぼし始めている。

シリコンバレーの高学歴の従業員は約半数が外国生まれ。出典:Joint Venture Silicon Valley Network
シリコンバレーの高学歴の従業員は約半数が外国生まれ。 出典:Joint Venture Silicon Valley Network
ビジネスは、次の基盤のところをグローバルに抑えられるかが問われている。基盤を抑えたところが情報までも皆吸い上げてしまうからだ。日本の中で日本人同士が日本の市場だけを見て行動していては対応できない。そこで、新しいビジネスを創出しなければ将来はないと考える人々が、世界各地からシリコンバレーを視察に訪れている。日本からも多くの人が来ては帰っていくが、果たして少し見て聞いただけで変化を起こせるのだろうか。例えば、シリコンバレーとのパイプの重要性に気づいて人脈を築こうとしても、長年にわたって相手方を深く理解できなければ繋がることはできない。あるいは自分の地域でシリコンバレーを真似て企業や研究所を集めたり、起業や投資の優遇制度を用意したとしても、そこに世の中を変える程のビジネスをする意志と行動力を持った人々が集まられなければ、シリコンバレーのようにはなれない。結局は、グローバルに相応しい人々と繋がることが求められているのである。

シリコンバレーは大きな浮き沈みを伴うが、自由に働きやすく、外国人にも住みやすい環境である。この環境を理解しなければ、この環境を求めるグローバルな人々との共通理解は持てないし、この環境を用意できなければ、世界から意欲的な人や資金を集めることもできない。閉じた環境で生まれる日本独特の製品やサービスが世界で通用することもあるが、多くの場合は外の世界と交わらなければ競争に参加することすらできない。グローバルに人との繋がりを築くためには、急がば回れのごとく、グローバル化の最先端であるシリコンバレーをお手本に、根底にある文化や習慣から見直す必要がある。

2.シリコンバレーの良い習慣

シリコンバレーは極めて特殊な環境で、ごくわずかの成功の影に数えきれない程の失敗がある。誰もが倣う必要はなく、全てを取り入れることもできない。そもそも、シリコンバレーには人々の気分を発散させる素晴らしい気候があり、英語環境があり、これらは日本では真似できない。また日本には誇るべき文化と習慣があり、それを否定するものでもない。ここではグローバルに人々と繋がる環境をつくるために必要なこと、中でも意識の持ち方次第で実現できそうなキーワードを取り上げてみたい。
シンプリシティ(Simplicity)とは、明らかなことを引い て(−)、意味あることを足す(+)ことである。
シンプリシティ(Simplicity)とは、明らかなことを引いて(−)、意味あることを足す(+)ことである。
出典:「シンプリシティの法則」ジョン・マエダ
(1)Simplicity
シンプリシティとは、簡素とか、飾り気の無いことである。アップルの製品デザインやグーグルの検索画面が代表例だが、シリコンバレーでは生活レベルにまで浸透している理念だ。

例えば接客業を除きビジネスでネクタイをしないのは、ただの飾りは不要だからである。不要なことは積極的に省き、その中で最大限の効果を生み出す。複雑化した大規模システムを簡素化することから商品名の1文字を減らすことまで、徹底的にわかりやすさを追求しているのだ。アメリカは多民族で英語を話せない人も多いため必然である。

この反対例は日本製の資料だ。文量が多く読み手に相当の理解レベルを要求する。また人名も商品名も、現地で親しみやすいものになかなか変えられない。分かりやすくすることで生まれるメリットは大きいはずだが、多様な言葉や文化の人々に伝えることに慣れないためだろう。アップルのスティーブ・ジョブズが好んだのは禅であり、HerokuというIT企業名の由来はHaiku(俳句)のHero(ヒーロー)であり、いずれもお手本は日本の伝統文化だ。相手の視点に立って、原点回帰する必要がある。

(2)Pay it forward.
人から受けた恩恵をその人には返さず、「次の人」に与えることである。日本の組織内で先輩が後輩におごることとの違いは「次の人」の選び方だ。アメリカでは年齢不問で年功序列がなく、組織への帰属よりも人脈を重視するため、年齢や組織による分け隔てがない。苦労して成功した人達が、創業したばかりの起業家を指導したりエンジェル投資する背景にある考え方だ。世界中から集まる起業家には重要な手がかりとなり、シリコンバレーに大きな広がりをもたらしている。

ところで、「与える」ことについて、初めはサービスを無料で提供するビジネスモデルが一般化している。ギブアンドテイクという言葉がよく知られているが、まずはギブ(与える)から始まるという順番が大切だ。費用対効果の計算結果では許されないギブには、計算を超えた大きな可能性がある。

また、「譲る」ことについて、日本人はマナーが良いという自負があるが、たまに日本に帰って唯一残念なのが「割り込み」である。飛行機から降りる際、後方からどんどん人が押し寄せるため席を立って通路に出るタイミングを失う。前方で手間取る人を待てば後ろから冷たい視線を浴びる。エレベーター、店舗のレジ、電車の改札、車の運転など、色々な場面で起きることだ。アメリカの中でも特にシリコンバレーは「After you(お先にどうぞ)」と「Take your time(ごゆっくり)」が徹底している。いわゆるレディーファーストではなく、女性だけが譲られるのではない。また、知らない人同士でも居合わせたら気軽に挨拶したり話をする。譲ることが美徳であり、「隙あらばお先に」はマナーが悪いと受け止められている。そして、知人も他人も分け隔てなく対応する姿勢が、住みやすさの大きな要因となっている。

(3)ヒト・モノ・カネ・トキ
ヒト・モノ・カネを投入するというが、トキ(時間)を忘れてはならない。一つの仕事にどれだけ時間を費やすか、持ち時間をビジネスとプライベートに振り分けなければならない。ビジネスは決められた時間でどこまでやるかであり、時間を過ぎたらおしまい、時間を刻んでプレーするアメフトと同じである。日本人は目標を掲げるのは得意だが、何のためにやっているのかという目的意識が弱いというのが、シリコンバレーで頻繁に聞かされる話題だ。視察に来る人々は、「何しにきたのか」、「目的は何か」という質問を浴びせられ、日本から来てこの問いに十分に応えられる人は少ない。とりあえず見に行くというのは、いまやインターネットですむことであり、人のビジネスの時間を割いて会う場合は相手方にも利益が必要である。自分と相手の双方にとって、ビジネスなのかプライベートなのかの線引きが必要で、ビジネスならその時間が双方にとって生産性の高いものにしなければならない。

またプライベートな時間は、現在の仕事とは別の、次のビジネスを準備する時間でもある。創造的なビジネスを生みだす環境に不可欠なのである。

3.教育に大きな変化の兆し

安全第一、責任をとる、誠実な行動、恩を忘れない、敬意を払う。シリコンバレーのとある公立学校で歌にして教え、5歳以上の生徒に擦り込んでいるルールである。このうち何かを達成した生徒には、毎日その証として右のカードが渡される。どちらが先かは分からないが、ヒューレット・パッカード社(HP)の企業理念と重なる部分が多い。HPは1939年に創業したシリコンバレーの源流ともいうべき企業で、この「尊敬と信頼」に基づく企業理念「HP Way」は、その後多くの企業にも取り入れられ、シリコンバレーの一つの文化となっている。
カリフォルニア州では学校のランク、人種構成、親の学歴などがインターネット上に開示され、良い学校のまわりは地価が高いという相関関係がある。この良い面は、コミュニティをあげて学校を良くしようという力が働くことだ。州財政が厳しいため、従来よりも休みを増やしている学校もあるが、宿題も多くよく勉強し、内容もグループワークやプレゼンテーションなど多彩で、季節毎に開催される特徴ある行事を皆で大切にしており、日本からの赴任者は概ね満足しているようだ。シリコンバレーらしいのは、幼稚園からiPadが導入されたり、中・高校生になるとツイッターで宿題を提出したり、クラウド上のサービスで同時進行の作業をしたり、テクノロジーの導入が早いことである。教材等をシェアしたり、先生と生徒間のコミュニケーションができる教育用のSNS(ソーシャルネットワークサービス)も既に普及している。

高等教育で注目すべきはMOOC(Massive Open Online Courses)と呼ばれる、どこからでもオンラインで授業を聴講できるサービスである。これらのうちの一部のサービスはアメリカで単位認定が可能になり、今後の大きな進展が期待されている。教育のコンテンツは無料化が進み、教育ビジネスの重心は、教えることや教育履歴のデータを使ったサービスに移行することになる。いま、シリコンバレーでは教育まわりのITビジネスが非常に盛んになっているのだが、日本では個人情報保護の観点で学校関係者に情報が限定されているのに対し、一般にも利用できるオープンな環境のサービスが主流であることが特徴だ。シリコンバレーから見ていると、人材育成という根幹ですら、このような違いがIT化やグローバル化にさらされて、今後大きく変動するのではないかと思われるのである。