サンフランシスコ事務所 仲谷隆造 (PDF File)

1. はじめに

グーグルの自動運転は累計30万マイルを達成 出展:Google Official Blogアメリカには人々のチャレンジを促す巧みな仕掛けがある。アメリカから革新的な成果が生まれる背景には、一般的にいわれるアメリカン・ドリームを求める精神や失敗が認められる環境の他に、具体的には野心的な課題解決に向けた高い目標設定と、人々を動かすための効果的な仕組みを活用していることに注目したい。

5月に民間の宇宙船が初めて国際宇宙ステーションにドッキングし、8月には火星探査機が着陸するなど、このところアメリカ発の宇宙開発に関するビッグニュースが相次いでいる。アメリカはわずか200数十年の歴史の中で、エジソン、ライト兄弟にはじまり、マイクロソフト、グーグル、アップル等がイノベーションで世界をリードし続けている。なぜこのような華々しい成果が続くのか。日本にも誇るべきイノベーションの歴史はあるが、一方で「技術はある」という結果に留まることも少なくない。

先月、大手監査法人KPMGと自動車の研究機関が共同で出したレポート(Self-driving Cars: The next revolution)では、2019年には自動運転のクルマがショールームに並ぶという見通しが出て大きな話題になった。ここで生活に身近なクルマに焦点をあて、アメリカで先行している革新的な自動運転の開発の系譜をたどりながら、野心的な課題解決に向けて高い目標を掲げ、その達成に向けて人々のチャレンジを促す巧みな仕組みが導入されていることを紹介することで、日本が再びイノベーションで世界をリードするための参考としたい。

2.革新的な自動運転

自動車産業は125年の歴史の中で世界中に大きな経済成長をもたらし、クルマはより安全に、環境にやさしく、そして多くの人々が持てるように大きな進化を遂げてきた。それに対していま開発が進むクルマの自動運転は、これまでの進化の延長線を超える革新的な変化を起すものであり、現状はアメリカが大きくリードしている。
自動運転車の赤いナンバープレート 出展:Nevada Department of Motor Vehicles(1)グーグルの実績とネバダ州の認可
2010年10月グーグルは、カリフォルニア州で市街地や郊外を含む14万マイル(約23万キロ)もの公道を、自動運転で走行したことを発表した。ビデオカメラ、センサー、レーザーによる交通認識、グーグルマップで知られる詳細な地図情報、そして自社のデータセンターでの膨大な情報解析によってこの快挙は成し遂げられている。
これを受けて2011年6月ネバダ州議会が世界で初めて自動運転車を受け入れる立法を承認し、今年5月には州の自動車部(Department of Motor Vehicle)がグーグルに初登録を認可した。現在はカリフォルニア州やハワイ州など、全米で7州が自動運転車の立法を検討している。

(2)自動運転のもたらす効果と実現に向けた課題
テクノロジーで真に大きな課題を解決することを創業理念とするグーグルは、なぜ自動運転車を開発しているのか。そのゴールは、世界で年間120万人にのぼる交通事故死を半減させ、アメリカ人が通勤で費やす一日平均52分の運転時間を開放して生産性を高め、カーシェアリングの促進や高速道路での隊列走行などで二酸化炭素の排出を減らすことだという。交通事故や渋滞、都市部における駐車場を減らすことは道路やまちの設計を変え、健常者でなくても移動が容易になることは人々の生活が改善していくことになる。現に身体障害者団体や盲人団体などから早期実用化の強い要請があるという。

今年8月にはグーグルの公道テストは30万マイルに達し、未だ事故を起こしていないことを発表した。雪で道路が覆われてしまった場合や、一時的な道路工事の標識への対応など、周辺環境を感知して対応するセンサー技術や、クルマ同士がコミュニケーションをとるための技術的な課題は残っている。また一般市販するためには、自動運転の事故に対する運転責任の取扱いや、保険、免許、安全基準、信号など、この先は技術開発よりも社会的に自動走行が認められるための環境整備の方が難しいともいわれている。しかし、グーグルの果敢な自動運転車の公道走行テストに端を発して、アメリカではこれらの課題に向かって新たなチャレンジが既に始まっている。

3.アメリカがリードする背景

グーグルの自動運転車を開発しているのは、DARPA(Defense Advanced Research Projects Agency: 国防高等研究計画局)が主催した無人自動運転車のコンペで活躍したエンジニア達である。米国政府や軍が大きな目標を掲げ、効果的なコンペの開催でチャレンジを促し技術開発を進展させたことが、現在アメリカが世界をリードする基盤になっている。
(1)ゴールの設定:軍用車両の無人化
1990年代から民間企業や大学における自動運転の技術的な高まりを受け、また特に1997年サンディエゴにおける高速道路の自動運転デモが契機となり、米国連邦議会が2015年までに軍用車両の1/3を無人自動運転にしなければならないことを議決によって国防省に指示した(National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2001, Public Law 106-398)。このことにより、アメリカでは自動運転の開発が必然になったのである。

(2)賞金付きコンペの活用
米国国防省は、無人自動運転の技術開発に拍車をかけるため、DARPAによる賞金付きコンペを開催した。DARPAは主に最先端科学技術を軍事技術に転用するための機関で、インターネットの原型やGPS(全地球測位システム)の開発で知られている。1957年ソビエト連邦による人類初の人工衛星の打ち上げ成功「スプートニク・ショック」後に設立された。

米国政府によれば、このコンペのルーツは1927年チャールズ・リンドバーグが初めてニューヨークからパリまで無着陸横断飛行を達成して獲得した「オルティーグ賞」である。同賞は、ニューヨークのホテル経営者レイモンド・オルティーグが1919年に賞金25千ドルを提供したもので、航空機の性能向上に多大に貢献した。

Grand Challengeに優勝したスタンフォード大学 出展:Stanford Racing Team
  1. コンペの概要
    DARPAの自動運転のコンペは、ロサンゼルス・ラスベガス間の312マイルの砂漠を走る「Grand Challenge 2004」と都市モックアップを走る「Urban Challenge 2007」の2回行われた。2004年は完走が無かったため翌年に持ち越され、2005年に応募195チームの中からスタンフォード大学が優勝し賞金2百万ドルを獲得した。2007年は賞金総額3.5百万ドルをかけて100チーム以上が登録し、カーネギー・メロン大学が優勝、スタンフォード大学が準優勝している。これら2回のコンペの優勝メンバーが現在のグーグルの開発を主導しているのである。
  2. コンペの成果
    それまでの自動運転システムの開発の主流が衝突防止などの運転支援システムの積み重ねだったのに対し、DARPA Grand Challengeでは、砂漠の中で最も通行可能な道らしいルートを見出すという、従来の自動運転開発にはない進路探索の課題を求めたことが斬新だった。そしてこのコンペに基礎を置くグーグルが、市販車をベースに一気に自動運転車(乗員の乗っている運転者の要らないDriverless Car)の開発に成功したのである。米国国防省も2011年から無人自動運転の調達を開始し、当初に掲げた目標に向かっている。コンペは人々のチャレンジを誘発し、課題解決に向かう効率的な手法だが、特にこのDARPAのコンペは的確な企画により効果が高かったといえる。

    Challenge.gov のウェブサイト2011年1月オバマ大統領はAmerica COMPETES Act 2007に賞金付きコンペを追加した同Act 2010に署名した。これは研究開発を通してイノベーションに投資することで、アメリカの競争力を高めようというものである。あわせてChallenge.govというウェブサイトを立ち上げ、全省庁が一斉に賞金付きコンペで技術革新や課題解決に向けて国民からアイデアを公募し始めた。8月現在で約600件のチャレンジテーマが提出されている。DARPAのコンペの成功が、全米のあらゆる分野の課題解決に応用され始めたのである。

4.最後に

7月12日に当事務所は福岡で第6回FCOCAセミナーを主催した。シリコンバレー在住のマーク・カトウ氏が効果的な英語プレゼンテーションの手法について講演し、翌日はアメリカ進出を目指す福岡企業の個別相談を引受けた。主要なコンセプトは「PSR: Problem-Solution-Result」である。「Problem」でプレゼンテーションの聞き手の課題を掲げ、「Solution」でそれに対する自社の解決法を提案し、「Result」でどれだけの改善を図れるかを順番に示すものだ。自社技術をアピールする「プロダクト・アウト」ではなく、市場のニーズに応える「マーケット・イン」のスタンスである。この指導を受けた福岡の株式会社ハウス119のアメリカ現地法人Aural Sonic社は、8月にシリコンバレーのプレゼンテーションのコンテストで優勝した。シリコンバレーのローカル企業を含む18社の中から、日本の、かつ福岡発の企業が勝ったことは快挙といえよう。

PSRはプレゼンテーションのコンテストに限らず、何かを訴えかけるためのあらゆる場面に応用が利く。往々にして「技術はある(Solution)」ということを聞くが、今回紹介した米国国防省やグーグルは、大きな「Problem」の認識に対する目標設定と、その目標に向けた「Solution」の組み合わせが機能し、そこに多くの人々の力を集結することで成果をあげている。我々はこの点をもっと参考にする必要があるのではないか。

本レポートの作成にあたり、アメリカの自動運転の開発の系譜についてSAKURA Associatesの薦田紀雄氏の情報を元にした。
※ 為替レート 1ドル=78.0円