サンフランシスコ事務所 仲谷隆造 (PDF File)

1. はじめに

世界中からの視察者でしばしば通路が塞がれる PnP 館内岡田克也元外務大臣(現・副総理大臣)、藤崎一郎駐米特命全権大使、経営コンサルタントの大前研一氏が率いる企業トップ約70名のツアー「向研会」をはじめ、このところ当事務所が入居しているプラグ・アンド・プレイ・テック・センター(PnP)には日本人の有力者が数多く訪れている。この施設に関しては2010年12月のレポートで紹介しているため説明は割愛するが、ここがシリコンバレーの縮図のような場所であること、シリコンバレーがクラウド、ソーシャルメディア、モバイルの分野で再びブームを起こしていること、そしてシリコンバレーの大手弁護士事務所のトップだったルース駐日米国大使の存在、これらの事情が動きに拍車をかけている。こういった方々の来訪の際にはPnPの館内を案内したり、事務所を紹介する機会に恵まれることが多く、地元福岡ではまだまだ知名度の低い当事務所も、実は意外とも思われる方面に宣伝されているのである。

2.日本人の影は見え始めた

シリコンバレーではアジア勢、とりわけ中国人やインド人が大きな存在感を示しているのだが、前述のレポートを書いた頃は世界中の有力者が訪れるPnPで日本人を見かけることはほとんどなく、シリコンバレーにいる日本人は誰もが、日本が「内向き」あるいは「アジア」ばかりに目を向けていることに大きな懸念を抱いていた。

ところがその後状況は変わり、日本から若手起業家や学生もやって来るようになった。正確に数えた数字ではないが、この1年間で少なくとも私だけで500人、PnPに同居しているサンブリッジ も1,000人は日本からの訪問者に対応したという。昨年の震災を契機に、日本の若い起業家が経済の停滞と高齢化が進む日本を離れシリコンバレーを目指し始めたという記事が、この2月に複数のアメリカの大手メディアに掲載された。また一部の特定の日本の大学では、敢えて4年で大学を卒業せず、海外でインターンを経験する学生が増える傾向にあると聞く。PnPでもサンブリッジのインターンや「jannovation spring」という学生ツアーの呼びかけで、全国から集まる志の高い学生に出会う機会が増えている。

シリコンバレーに日本人が再び目を向け始めたのは良いことである。ここに来る人達は、恐らく日本の中で行き詰まっていることに対して何かを学んだり実践するために来ているはずだ。ところが、シリコンバレーと日本の違いはあまりにも大きい。日本は世界銀行のランキングで「起業のしやすさ世界107位」と低迷し、かたやシリコンバレーはヒューレットパッカードに始まり、グーグル、アップル、フェイスブック等々、世界を変える企業を次々と輩出してきた蓄積があり、その背景にはたくさんの起業家や投資家等による、いわゆる「エコシステム」というものがある。

シリコンバレーを見て、そのエコシステムを日本に持ち込もうとしてもパーツが揃わないので成り立たない。そのためシリコンバレーでやるのがベスト、それしかないという答えになってしまう。日本から視察者が増えるようになった今、シリコンバレーから何を日本に持ち帰り実践できるのか、これが大きな挑戦になっている。

3.シリコンバレーにトヨタの生産方式

500Startups 正面の藤川氏の写真(1)500Startups
シリコンバレーで奮闘している福岡出身の起業家がいる。クラウド上で簡単にビッグデータを処理するためのビジネスを手がける Hapyrus(ハピルス)社の創業者、藤川幸一氏である。藤川氏は学生時代から起業家志向で、これまで日本でいくつかの企業を渡り歩いてきた。情報処理推進機構の「未踏 IT 人材発掘・育成事業」で開発した技術でビジネスを立ち上げるため、シリコンバレーの500Startups(ファイブハンドレッド・スタートアップス)というプログラムに参加した。500Startups は少額出資を伴う 3 ヶ月間の熾烈な起業促進プログラムで、世界中に 160 人以上のメンター(相談者)を抱え、彼らがコミットした起業家だけが参加を許される、人のネットワークをかなり重視した仕組である。この分野の先駆けである Y コンビネーターとともに、いまシリコンバレーで最も注目されている起業家支援プログラムだが、これまでわずか 3 人の日本人しか参加していない。
Build-Measure-Learn Feedback Loop(2)リーン・スタートアップ
藤川氏によれば、500Startupsに参加した3ヶ月間で、今までと何もかもやり方が変わったという。そしてスタートアップ(ベンチャー企業)がどのように市場を切り開くのかが見えたとのことである。では一体3ヶ月間、この有名なプログラムで何をしていたのだろうか。答えは、ひたすらユーザーインタビューをするためにeメールを送り、そしてミートアップ(2011年9月のレポートで紹介したコミュニティ活動)に参加する毎日だったという。

このユーザーインタビューを繰り返す活動は、エリック・ライス氏が提唱する「リーン・スタートアップ」という考え方に基づくものであり、この考え方自体はトヨタの生産方式からヒントを得たものである。リーンとは「贅肉のとれた、無駄が無い」という意味だ。生産計画に基づいて大量発注するのではなく、必要数をきめ細かく調達するのがリーン生産方式。スタートアップとは、極度に不確かな状況下で新製品やサービスをつくること(ベンチャー企業か大組織かは問わない)であるため、はじめに全てを計画してから市場投入するのではなく、コアの部分だけ用意してユーザーの反応を見つつ、そのままの方向で進むべきか、または大きく舵を切って方向転換するべきか(これをPivotと呼ぶ)を見極めながら事業を進めるのである。ところでこの「Pivot」とは、バスケットボールなどで片足を軸に旋回する意味だが、PayPal、Twitter、YouTube、Groupon等の大成功している企業はいずれもPivotを経験している。日本では方針転換を図ることは容易ではないが、シリコンバレーでは重要なキーワードなのである。

このように、日本のものづくりの代表トヨタが編み出した方法が、シリコンバレーでは起業家の経営マネジメントに応用されているのである。日本のものづくりは現場の繊細な技術だけでなくそのシステムも素晴らしい。それを起業活動に振り向けて応用しているシリコンバレーと、振り向けていない日本の差である。藤川氏はシリコンバレーにあって日本に無いものとして、一つは英語力、そしてもう一つに「起業家を尊敬する文化」を挙げた。これらが今の日本における課題といえよう。

4.デザイン思考

Tofu(トウフ)プロジェクト数ある日本からのツアーの中でも、昨年10月に日本の若手起業家10人を1週間サンフランシスコ/シリコンバレーに滞在させたTofu(トウフ)プロジェクトはひと味違うものだった。サンフランシスコ在住のジャーナリストのリサ・カタヤマ氏とデザイナーのトモ・サイトウ氏が企画し、アドバイザーにはMITメディアラボ所長の伊藤穣一氏や前述の500Startups創業者のデイブ・マクルーア氏をはじめとする豪華なメンバーが連なった。特にツアーのコンセプトに「デザイン思考」を置いたところが興味深い。

アップルのマウスなどをデザインしたことで知られるデザインコンサルティング会社のIDEO(アイデオ)が、何かをデザインする時の手法をイノベーションをもたらす技法にしたのが「デザイン思考」である。当初立てた計画を間違いなく実行するのではなく、プロトタイプをつくって実験や検証を行い、問題を発見し解決していきながら完成に近づけていく。分析をもとにした考え方と違い、アイデアを積み上げていくプロセスであるため、失敗を恐れることを減らしアイデアを最大限に集めるため、クリエイティブな解決方法を導くのである。
シリコンバレーの中心に位置するスタンフォード大学にはIDEO創業者のデビッド・ケリー氏が参画するデザインスクール(Institute of Design、通称d.school ) が設置されている。

また「インサイド・アップル」というアップル社の内部事情を伝える本では、アップルがいかにデザイン主導の会社であるかを紹介している。アップルは産業デザイナーが製品の全体を統括している点で、エンジニア部門が主導する一般的なハードウェアの会社と異なっている。一般的には、エンジニアリング—デザイン—プロダクトの順番であるのに対し、アップルではまず製品やプロジェクトなどのデザインを考え、次にそれをどう作り上げるかを考えるという、デザイン—エンジニアリング—プロダクトの順番なのである。

5.最後に

「最近、福岡は起業家の活動が盛んだ」と、よく耳にする。またシリコンバレーで活躍する日本人の中には福岡や九州の出身者の比率が高いようだ。学生ツアーの実績では九州大学が群を抜いている。そして自治体の事務所は福岡県だけである。

シリコンバレー人気の高まりとともに、福岡には何かポテンシャルは感じるのだが、前述の通りシリコンバレーと日本はあまりにも違う。また今回紹介したような内容も、月日がたてばどんどん新しい考え方が生まれてくる。そこで、日頃から少しでも距離を縮めるために、できるだけ多方面から新鮮な情報を提供することを目的に福岡でセミナーを開催することにした。

もともとは、サンフランシスコの弁護士とシカゴのPR会社の人から福岡でセミナー開催の希望を聞き、昨年10月28日「福岡県アメリカビジネスセミナー」と題してアメリカ進出に関するビジネスセミナーを開催したのだが、この話を周辺にしたところ、「私も日本に帰省や出張の際は福岡で話をしてもいい」という方々が現れた。3月6日には福岡アジアビジネスセンターの協力で開催が決まり、少なくとも今後数回は開催が見込まれるため、当事務所の英語通称を使い「FCOCAセミナー」としてアメリカからの講師を迎えて不定期開催するものである。

シリコンバレーにはSV ForumやChurchill Clubをはじめイベントを開催する団体が多く、頻繁にセミナーが開催されている。以前、スタンフォード大学で東海岸の有力ビジネスマン等のセミナーを聞いたことがあるが、明らかに何かの用でシリコンバレーに来た「ついで」にコミュニティ向けに話している風であった。福岡でもこういった人の行き来に網を張ってセミナーを開催する仕掛けはあるのだろうが、よりオープンにコミュニティの中で意見交換する仕掛けを盛んにすることが望まれる。それらの開催情報をウェブ上で一覧できる仕組みが出来れば、新たな意見も加わり、外から見てもまちの動きがもっと盛んに見えてくることになる。