サンフランシスコ事務所 仲谷隆造 (PDF File)

1. はじめに

“照明、エアコン、カーテン、セキュリティー、果てはプールのポンプまで、あらゆる生活環境のスイッチは予め設定したプログラムで自動化し、放っておけば勝手に動く。必要な時は、いつでもどこでも手元のスマートフォンで操作する。電力使用量も常時確認できるので、コスト削減も簡単。家に誰かが侵入したら瞬時に画像を送ってくる便利な機能も付く。さらにインターネット上でエネルギー削減ゲームに参加し、優勝すれば表彰されるかもしれない…。”これらは「ホーム・エネルギー・マネジメント」と呼ばれ、既にほとんどが現実のものである。
米国では、スマートグリッドの実現には電力の供給サイドもさることながら、従来の電力量計に代わる『スマートメーター』の先にいる消費者の需要を喚起することも注目されている。
そもそも家計の支出に占める電気料金の比率はそれほど高くない。初期投資に見合う節約効果があり、それをどれだけの期間で回収できるのか、それだけでは消費者の関心を高めるのに限界がある。そこでキーワードは『快適』『便利』『安全』『娯楽』、そして『節約』。いかに消費者の需要を高めるか、大企業からスタートアップまでがビジネスチャンスを求めて知恵を絞っている。ここでは、米国における特徴的な取り組みを紹介することで、福岡が今後取り組む上での参考としたい。

*1 携帯電話に PDA(携帯情報端末)の機能が備わった多機能端末。通常の音声通話以外に様々なデータ処理機能を有する。
*2 電力の流れを供給側・需要側の双方から制御し、自動的に最適化する次世代送電網。
*3 通信機能やほかの機器の管理機能を備えた高機能型の電力量計。

2.消費者の意識

まず、スマートグリッドに対する米国民の意識はどうか。既に一部の地域ではスマートメーターの導入が始まっているが、Ecoalign社が5月に発表した調査によれば、国民の7割は未だスマートグリッドという言葉を知らない(下図)。
一方、スマートグリッドを知っている人は好意的な印象を持ち、電気料金の低減への期待が最も高い。あるいはそれしか思いつかないのかも知れない。こ の期待が裏目に出たのが、既に550万台のスマートメーターを導入したカリフォルニア州PG&E社である。導入後に電気料金が跳ね上がったとの消 費者の相次ぐ声に当初は問題を否定し続けたが、ついに4万件以上に何らかの問題があったと認める結果になった。まだ導入初期であり、今後も様々な局面があ り得ることを想定しなければならない。

3.行政や地域をはじめとする取り組み

  • 人材育成支援
    4月8日、米国エネルギー省はスマートグリッド関連人材を育成する54のプログラムに約1億ドルを投じると発表した。これまで発表された総額40億ドル以上のスマートグリッド関連予算に上積みするもので、全米の電力網の近代化と各コミュニティーでのスマートグリッド技術の実践を促し、3万人の人材育成につながると見込んでいる。
  • パロアルト市のエネルギーマネジメント
    スタンフォード大学のお膝元パロアルト市は、全米に先駆けて2007年より市役所の温室効果ガス、エネルギー、水、その他資源のリアルタイム管理を始めた。05年を基準年とし、09年には5%の排出削減を実現、20年には15%の削減目標を持つ。導入における関門は、IT技術よりもむしろ各部門間の内部調整だったとのことだが、最終的にはこのシステムを住民や企業にも広めたいとしている。
  • スマート・グリッド・シティ
    米中西部に位置するコロラド州ボルダー市の人口は約10万人。コロラド大学や国立研究所が集積し、アメリカで一番賢い街(フォーブス誌2006年12月:住民の学歴で評価)との評判もある。ここでXcelEnergy社がスマートメーター、スマート温水器等を導入し、住民の電気機器を遠隔操作する等、大規模な実験を進めている。
    参加者は『風力発電が利用できる時だけ食洗器を使いたい』、『毎週火曜日の午後は温水器を使わない』など、ユニークな項目から各々の利用パターンを選ぶことが出来る。管理されることへの不満も少なくないが、一方でリアルタイムやヒストリカルに電力使用量を知ることが省エネ意識につながるとの評価もある。同社としては消費パターンの把握により、電力供給の最適化に役立てようとしている。
  • 株価指数
    The NASDAQ OMX® Clean Edge® Smart Grid Infrastructure Index (QGRD)は、2009年9月に登場したスマートグリッドと電気インフラ関連企業の株価のベンチマークを提供する、世界初の上場インデックスである。
  • ソーシャルネットワーク
    これはフィンランドの話だが、厳しい寒さのため一人当たりエネルギー使用量の多いこの国では、世界に先駆けて2013年までに全世帯にスマートメーターを導入する計画で、既に半数は導入済み。最近、Twitter等ソーシャルメディアによるコミュニティー形成が爆発的な人気を博しているが、マイクログリッドによって、太陽光パネルで発電した電気を個人間でやり取りすることも展望しているとのこと。

4.ホーム・エネルギー・マネジメント関連企業の取り組み

  • グーグル
    人類が使う全ての情報を集め整理することを目的とするこの会社は、電力消費量を可視化・分析する「グーグル・パワーメーター」を提供。既にスマートメーターが導入されていればもちろんのこと、導入されていなくてもEnergyDitective社等の機器を取り付ければサービスを利用することができる。電力消費量を、特別な画面ではなく毎日見ている同社のページで確認することに意味があると訴えている。
  • Control4
    家庭、ホテル、店舗等のエネルギー管理ソフトウェアを世界53カ国で展開、150メーカー6,600製品と互換している。同社のソフトウェアは、アジアではソニーやサムスン製の家電に組み込まれている。特にホテル経営では、自動化によるエネルギー管理のメリットを示しやすい。まずは消費者の心を掴むような顧客体験をさせて、その上でエネルギー管理サービスを提供しようという戦略。
  • 4Home
    従業員40名のスタートアップだが、数々の賞を受賞し一部業界標準の確立も間近というソフトウェア会社。
    右の写真は、手にしているデバイスを通してプラグに差し込めば、既存のいかなる家電製品も個別にエネルギー管理が可能になるというデモンストレーションの様子。

以上は、インターネットプロバイダ事業の新たな展開を探る九州電力の情報通信事業部がシリコンバレーを訪問した際、当事務所がアレンジする機会を頂き同行して得た情報の一部。同社は、電力から通信分野までスマートグリッドを網羅しており、積極的にビジネスチャンスを探っている。

5.なぜ米国では新しい技術やビジネスが発展するのか

電力網の老朽化など、スマートグリッドに関して米国が先行する事情は様々ある。しかし今回の調査を通して感じたことは、繰り返しになるが、大企業からスタートアップまで、皆が供給の側面だけでなく、早い段階から需要の喚起に取り組んでいるということである。つまり、新しい技術の開発(供給)と、その技術を使う(需要)の開拓、この二つのバランスが優れており、特に後者に長けているのではないか。

象徴的な例はアップル社の携帯型デジタル音楽プレーヤー『iPod』の普及である。同社による高機能製品の研究開発の成果というよりも、音楽管理・再生ソフト『iTunes』からの音楽の取り込みを前提とした全体的なビジネスモデルの成功である。また、洗練されたデザインや使いやすさによっても支持されている。

スマートグリッドでいえば、単に消費電力の削減といった真面目な議論だけでなく、セキュリティーやヘルスケアといった付加価値も加え、『簡単』『便利』『楽しい』、で顧客を魅了するべきだと各企業や研究機関が口を揃えて言っている。米国の消費者は我がままかつ様々である。この中で生き残る術として得てきたものなのかもしれない。
環境にやさしい“良いもの”には我慢が伴うという日本式『良薬は口に苦し』の発想から、苦い薬は甘いオブラートで包んで飲みやすくする米国式『シュガーコート』の発想への転換が、消費者の需要を刺激し、新しいビジネスの発展へとつながるのではないか。

6.捕捉:スマートグリッドの将来展望とビジネスチャンス

スマートグリッドで先行している米国では、各地域や電力会社毎に異なる考え方や仕様による取り組みが進展し、既に名だたる企業がしのぎを削っている。

それら米国企業が次に注目している市場は中国ではないか。中国政府は米国並みにスマートグリッドへの資金投入計画を持ち、GEなど米国企業がプロジェクトに参入しはじめている。

世界有数の高い信頼性の電力網を誇る日本も、再生可能エネルギーの導入を展望し、電力網のスマート化が不可欠と指摘されている。携帯電話に続く巨大プロジェクトにおいて、国内だけでなく、世界の中で今後いかなるポジションを築くことができるのか、眼前には厳しいながらも大きなビジネスチャンスが広がっている。

ここで『グリッドパリティ』という言葉を紹介したい。太陽光や風力等の新技術による発電コストが、従来型の系統電力の発電コストと同等になることを意味する。地域によって電力料金や日照時間等の条件の違いがあるため一概には言えないが、昨今の急速な技術の進展により、今後5〜10年での達成目処が立ってきているという。

この流れで注目すべきは、再生可能エネルギーの導入拡大とともに、アジアなど世界中で電力網の高機能化が進む可能性である。また、これまで送電線による電力が届かなかった発展途上の国や地域も含めて、マイクログリッドによる安価な電力が供給され始めるかもしれない。世界的に市場が大きく拡大する可能性を秘めていると言えよう。

更に、それらの地域の生産性向上や、エネルギーそのものの価値が大きく変わることの影響も展望しておく必要があるのではないか。