サンフランシスコ事務所 武濤研二郎 (PDF File)
本県では、自動車 150 万台生産拠点推進構想の一環として「高齢車にやさし い自動車開発プロジェクト」を進めているが、高齢車向け自動車に必要とされる安全システムは ITS(高度道路交通システム)と切り離して論じることはできない。例えば、「インテリドライブ」1の開発はそのまま高齢車向け自動車に 求められる安全性につながる。

本県のプロジェクトにおいても、将来的には ITS にまで踏み込んだものを目指しているが、本県の半導体関連プロジェクトで開発中のインテリジェントセ ンサー技術等の応用先としても ITS が想定されている。そこで今回は、自治体が主体となった研究開発・普及活動も行われている米国の ITS の動向について報告したい。

1. 米国の ITS 研究開発・普及の経緯

ITS は、1990 年頃から先進国において開発と普及が本格的に開始されたが、その状況を日米間で比較するとそれぞれ一長一短あるようだ。他の多くの技術分野と同様、概念創りや研究開発の着手は米国の方が早いが、モノ作りに密着した研究開発では日本の方が強い傾向が見られる。また、開発着手は米国が先でも普及は日本が先という場合が多い。
米国における ITS 開発・普及の経緯を簡単に日本と比べながら追うと以下の とおりとなる。

(1)デジタルマップとカーナビの実用化
車載ナビは 1987 年に日本が初めて実用化し、既に 1990 年代半ばには本格的に普及した。一方、米国における本格的普及は 1990 年代後半以降となった。

(2)道路交通情報の配信
日本では 1996 年に VICS2の実用化が始まり、道路交通情報が無線通信を介してナビ画面に表示され始めた。米国では、1990 年代初めに包括的な ITS システムを検討する中で、交通情報をどうやって収集・配信するかについての議論 が行われたが、日本の VICS のような特定インフラに強く依存するシステムは採らず、全米規模のインフラは構築されなかった。 しかし、米国の交通情報提 供サービスに対する需要は既に大きかったため、連邦政府支援の下に各地の民 間交通情報提供会社が、携帯電話網、インターネット用情報回線等を配信媒体として、各地の都市圏で交通情報提供サービスを始めた。また 2004 年には、民間衛星ラジオ局が主要都市で車載機器にリアルタイムで交通情報を提供し始めた。

ETC 端末(3)ETC3の実用化
日本での ETC 実用化は 2001 年に始まり、その後急速に普及が進んだ。米国では、初のETC であるトールタ(Toll Tag)が 1989年に実用化されたが、本格的な ETC は 1993年にジョージア州とカリフォルニア州に設営されたのが最初であった。その後、全米で有料の橋や有料道路のある州で普及していった。

(4)物流車両管理 ITS の実用化
CVO(物流車両管理)については、米国は最も熱心でかつユニークな ITS を世界に先駆けて開発、実用化している。1980年代初期に州間にわたる物流をノンストップで円滑に実施するコンセプトを作り、「技術開発」「フィールドテスト」「デモ」の 3 つの段階的な計画(HELP 計画)が進められた。

日本では、こうした官民共同の CVO プロジェクトの動きはなかった。米国のように州毎にまちまちで困難な物流制約がなく社会的な需要がなかったためか、物流業者各社内の管理運営技術の枠を出なかったようだ。
CVO はさらに包括的な CVISN(商用車情報ネットワークシステム)の概念に進み、物流業者のリスク管理にかかる安全規制、物流管理の統合、電子証明による物流の効率化等を事業とした大きなビジネスを生み出している。

2.米国の ITS 推進体制

米国の ITS は、官民協調、路車協調システムの研究開発と実用化にわたって、連邦議会が 6 年毎の時限立法により定める SAFETEA-LU(交通・輸送総合法)によって方針決定および予算計上がなされている。重要な実施計画やプロジェクトは、連邦政府運輸省が ITS アメリカ4の助言も得ながら策定する。また、同省は調整機関として ITS Joint Program Office を設置し、内外の ITS 推進主体との連携を図っている。法に基づいているため、一旦方針が決まると 6 年間は比較的ぶれることがなく推進される。

研究開発のうち成果のあったものは、自動車単独であれば OEM やサプライヤーが実施するが、インフラの場合は州政府が実施主体となる。インフラ整備に対しては連邦政府の補助が出る場合があり、その財源はガソリン税を原資とする特別会計である HTF(ハイウェイ基金)だが、州政府と連邦政府の負担配分が常に議論となっている。

米国における ITS 推進体制
図:米国における ITS 推進体制
米国交通省、ITS アメリカ資料をサンフランシスコ事務所にて簡略化。

3.米国連邦政府の重点実施課題と州政府や自治体の取り組み

現行の米国交通・輸送総合法の下、2004 年から 4 分野 9 件の ITS の研究開発・普及課題に関わる施策が連邦政府交通省で推進されていたが、2007 年には新たに「渋滞緩和」および「衝突防止車々間通信」が加わり、現在は 11 件の課題に重点的に取り組んでいる(表1)。 このうち、特に最近、米国の州政府や自治体で注目され、各地で試験が行われているプロジェクトは「インテリドライブ」と「渋滞緩和」である。
表 1:米国の ITS 研究開発・普及の実施課題
表 1:米国の ITS 研究開発・普及の実施課題
Sakura International による分類をサンフランシスコ事務所にて簡略化。
(1)インテリドライブ開発・普及プロジェクト
米国政府は、2002 年 1 月に国家 ITS プログラム計画:A Ten-Year Vision(10年ビジョン)を策定した。ITS アメリカで 2001 年から協議を開始し、その中で車両が専用無線通信機(DSRC)と車両位置などを常に発信する測定局兼通信端末(Probe)となり、道路側がこれに対応した通信網を持ち、路車間通信によって安全性・モビリティ・環境に役立つアプリケーションが開発可能になるという考えが出された。これが現在「インテリドライブ」と呼ばれるものであるが、路車間通信だけでなく車車間通信が加わり、通信媒体も DSRC に限らず適用可能な媒体全てを含め、車載端末のみならず携帯端末も対象としている。

その後研究開発が進み、VII5については、2005 年にカリフォルニア州交通局とカリフォルニア大バークレー校によってサンフランシスコ近郊でデモが行われた。また、2008 年にはニューヨークにおいてデモが行われ、さらにデトロイト近郊では、自動車関連企業のコンソーシアムを中心に大規模な実証実験が行われた。2009 年 10 月現在、2013 年を目処とする本格的な実用化に向けて計画および推進体制を見直すため、「インテリドライブ」に関する研究会が連邦政府交通省と各州政府や自治体と共同で開催されている。

(2)渋滞緩和プロジェクト
米国では、渋滞により都市部だけで年間約 8 兆円の損失を生んでいる。そのため、都市部を抱える州政府知事や自治体首長にとって優先順位の高い政策課題となっている。この問題に対する危機感の下、連邦政府と地方政府の連携により渋滞緩和プロジェクトが開始されており、大きく次の 3 つのプロジェクトがある。

  1. 全米各研究機関で行われる渋滞緩和研究プロジェクト
  2. 6 つの渋滞緩和都市圏プロジェクト
  3. 6 つの幹線道路渋滞緩和プロジェクト

このうち、既に実施中のプロジェクトで、自治体にとって最も関わりが大きいと考えられる②の概要は以下のとおり。

表 2:6 つの渋滞緩和都市圏プロジェクト
表 2:6 つの渋滞緩和都市圏プロジェクト
(○は当該地域で採用している渋滞緩和のための手法)
Sakura International 調べ
サンフランシスコ近郊の HOV(菱形印のレーン)<6 つの渋滞緩和都市圏プロジェクト>
連邦政府交通省の推進する施策に基づいて、6 都市圏(サンフランシスコ、ロサンゼルス、シカゴ、ミネアポリス、シアトル、マイアミ)で自治体による特徴ある渋滞緩和プロジェクトが 2008 年から進められている。概要は表 2 のとおりである。大部分を 2009 年まで、一部を 2010~2011 年にかけて実施することとなっている。

それぞれの特徴としては、サンフランシスコ市等は特定エリアに対する渋滞課金を行おうとしており、シカゴ市は商用積荷ゾーンにも可変課金することにしている。また、ミネアポリス市等は地域の企業や通勤者に対して柔軟な勤務体系を採用するよう奨励している。シアトル市は帰宅手段保証制度(GRH)9と呼ばれる徹底的な施策を実施している。本プロジェクトの総予算は 859百万ドルに上るが、このうち連邦政府が50%を負担している。

4.県内企業等のビジネス機会と地域的取り組み

以上のような米国での ITS 開発・普及の動向は、システム LSI 設計開発技術、センサー設計開発技術およびそれらの製造技術を有する本県の研究機関や企業が、将来市場を推し量るための情報として、また本県および県内自治体が行う
同様の地域的取り組みの参考になると思われる。
ITS のコア技術である DSRC をはじめ、携帯電話データ通信、WiFi/WiMAX等各種通信媒体による路車間、車車間通信、Probe、GPS などの技術は、幅広く応用できる可能性を持つ。実際、既に米国でも何十ものアプリケーションが挙げられているが、特に高齢車向け自動車プロジェクトにつながる安全性に関しては、交差点事故防止、ブラインドカーブ衝突防止、前方事故警告、速度警告等のアプリケーションが出てきている。
また、渋滞緩和、環境改善、料金決済等の分野でのアプリケーションも考えられている。これらが普及するには時間がかかるが、そうした間であってもニッチ市場であっても、短期・単独のアプリケーションの販売に繋がる魅力あるサービス分野を掘り当てることは可能である。そのような企業の取り組みを支援するためにも、官民協調、企業間協調、標準化等への配慮が必要であり、特に地域社会での普及という点では自治体の役割が大きい。

[脚注]

  1. インテリドライブ(IntelliDrive)とは、車車間無線通信、路車間無線通信により交通の安全性、流動性、環境改善 を図ろうとするシステム概念。VII(後述脚注参照)よりさらに広域に適用されるアプリケーションを意識した概念。
  2. Vehicle Information and Communication Systems の略。渋滞や交通規制などの道路交通情報をリアルタイムに送 信し、カーナビゲーションなどの車載機に文字・図形で表示する情報通信システム。
  3. Electronic Toll Collection System の略。ノンストップ自動料金収受システム。有料道路を利用する際に料金所で停 止することなく通過できるシステムで、無線通信を利用して車両と料金所のシステムが必要な情報を交換し、料金の 収受を行う。
  4. 米連邦政府運輸省の諮問委員会で、ITS推進を目的とする非営利の科学・教育団体。
  5. Vehicle-Infrastructure Integration の略。車載 Probe、DSRC、諸センサー等をツールとして、車両の位置や車両と インフラの状態を統合集約、配信する。インテリドライブの概念に含まれる技術の一つとして位置づけられる。
  6. エリア課金は一日単位で車両に課金する方式。コードン課金は車両が課金区域に流入するたびに課金する方式。
  7. HOV(High Occupancy Vehicle)レーンとは、相乗り乗車等を促進するため導入された乗員多数車両専用の走行レ
    ーン。
  8. HOT(High Occupancy Toll)レーンとは、HOV レーンの最低乗員数の要件を満たす乗員多数車両には課金しない が、最低乗員数の要件を満たさない車両には課金するレーン。
  9. 帰宅手段保証制度(Guaranteed Ride Home)とは、相乗り、歩行、公共交通の通勤者に、緊急時は無料 Taxi 等で 帰宅を保証するもの。